2018年11月19日 / 社長ブログ

こんにちは、社長の濵口です。

あまりに暑すぎる夏は終わりましたが、この秋は、度重なる非常に強い台風や北海道の地震など厳しい自然に直面しました。台風21号のときは彦根周辺も強風による家や工場の破損や,信号機が曲がったり、地区によっては停電や断水などが起きて難儀しましたが、全国ではもっと深刻な被害もあり、各地で被害に遭われた方々には心からのお見舞いと一日も早い復旧を祈ります。

さて、先日、NHKのニュース番組で取り上げられていましたが、今週末に報じられるであろう注目のニュースがあります。11月23日(現地時間)にパリで開催される博覧会国際事務局(BIE)総会で、2025年国際博覧会(万博)の開催地に,はたして大阪が選ばれるかどうかという話題です。関係者の手応えとしては大阪がやや有利とも伝えられていますが、無記名投票ということもあり、結果はまったくわからないようです。

私たちの世代としては万博といえばやはり1970年の大阪万博(EXPO’70)のイメージが鮮烈です。比較的近い場所での開催ということで2回くらい連れて行ってもらったはずですが、両親も私も行列に並ぶのを嫌がり、人気のパビリオン(日本館、アメリカ館など)にはまったく行かなかったことははっきりしています。ただ、当時は小学3年生の子どもだったせいもありますが、このとき紹介されたり実際に作られたもの、例えば携帯電話、ロボット、「動く歩道」などは、なんとなくSFチックで近未来的で、半分は絵空事のように感じていましたが、今やそれらは現代の生活や産業に欠かせないリアルなものになっているのはご承知のとおりです。

そして、実はもうひとつ、個人的な悲しい驚きがありました。当時はEXPO70に象徴されるように、戦後25年の復興から高度成長期へ移り、そのピークを迎えようという時代で、「現代っ子」といわれた8歳の私からすれば25年前の「戦中戦後」は正に「大昔」で、歴史の1ページであり、江戸時代や明治維新と大差ない感覚でしたが、その25年の日本の目覚ましい変化はあらためて感心します。ところが一方で、自分を振り返ると、当時から数えるとそろそろ50年、つまり25年の大昔の2回分が経つのに、人生の折り返しにも気付いてるような気付いてないような、たいして何も成長していないような自分自身に気づき、大きな脱力感のような衝撃を感じてしまいました。

「壮にして学べば老いて衰えず」といいます。今からでも遅くはないと信じ、大切なことには関心と興味を持ち、成長を続ける努力の大切さを、テレビから流れる5歳の女の子の「ボーっと生きてんじゃねーよ!」というお叱りの言葉で噛みしめておりました。では。

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